平和の使徒推進室室長の部屋

「居場所」

 「マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。」(ルカ・6〜7:新共同訳)

 福音書が描くイエスの誕生の場面です。
 人々がずっと待ち望んでいた救い主が飼い葉桶に寝かせられているのは、不思議なことです。
ある翻訳によると、「泊まる場所」は「居場所」と訳されています。(佐藤 研訳)
神の子イエスのための「居場所」がこの世にはなかったということです。


1984年11月 世界平和記念聖堂

 オリビア・ハッセー主演の映画「マザー・テレサ」が話題になっています。
 宣伝のパンフレットに、「マザー・テレサは、神の声を聞き、自分の居場所が修道院の中ではなく、カルカッタの最も貧しい人々のところだと気づく。」と書いてありました。
 マザー・テレサは、インドのカルカッタでカトリックの修道会が経営するミッションスクールの校長として子どもたちの教育に献身していました。
 しかし、修道院の壁の外に暮らしている貧しい人々の存在と生活に気づいたとき、「わたしはこれでいいのか、わたしは彼らとともに生きたい」という思いが彼女を揺さぶったのでした。
 マザー・テレサは、修道院の外に出て、ひとり貧しい人々の中に入っていき、新しい修道会「神の愛の宣教者会」を創立したのです。
 路上で死を待つだけの人、親を失った子どもたち、病気の人など、この世から「居場所」を奪われた人々の真ん中に、マザーは、自分の「居場所」を移したのです。
 徹底して貧しい人々とともに生きようとされたイエスの心に触れたからにちがいありません。

 この世に誕生したとき、「居場所」がなかったイエスは、「居場所」がない人々と連帯したかった、これがわたしたちへのクリスマスのメッセージではないかと感じています。
 これは、わたしたちへのチャレンジです。
 本気になってこの日本の社会の中で「居場所」を奪われた人々とともに生きようとしているのかと。

 マザー・テレサは、いつも語っていました。
「インドに来なくてもいいです。どうぞあなたの隣りにいる貧しい人にかかわってください。」と。

「貧しい人々はカルカッタだけにいるのではありません。
 貧しい人々は、あなたの国に、あなたの町に、あなたの村に、あなたの近所に、そしてあなたの家族の中にもいるのです。
 清いこころを持てるように祈りましょう。もし清いこころを持つならば、身のまわりにいる貧しい人々の中に、神の顔を見ることができるからです。 」(マザー・テレサ)

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